
※注意(CAUTION)
本ページは性的な内容やグロテスクな内容を含みますので、ご興味のある方だけお読みください。
またトリガーになることも考えられますので、できるだけ客観的に学問としてお読み頂ければと思います。
このページは「愛着障害」の解説のサブページになります。
愛着障害について詳しく知りたい方は、先に愛着障害のページをお読みください。
2025年6月10日
愛着障害と性的逸脱の関係
愛着障害と性的逸脱の関係の多くは「逆転した愛着反応」もしくは「再演」で説明することができます。それにプラスして性的なリビドー(人間に備わっている根源的な欲求や衝動のエネルギー)と結びつくと性的な逸脱行動になります。
通常は自分の過去の物語や、その時感じていた感情から、どのような愛着関係の欠如があったのかを類推していきますが、性的趣向からも手繰り寄せることが可能です。自己改善に繋がることですので、禁忌と思わずに自分の性的趣向を見つめ直してみましょう。
性依存症
大人になってから性の魅力で人と繋がろうとします。性的に消費されるのは怖いし傷つくし痛い時もあります。しかし、その瞬間には人と繋がれている安心感を得られ、不安や寂しさを埋められるのです。同時に性的なリビドーも満たされますので依存症になって行くこともあります。
幼少期に性的虐待のを受けると、嫌だったけど必要とされていたという記憶があり、その再演の場合もあります。再演は、今度は違う結果になるかも・・という願望も含まれています。
根底のマインドには「価値のない自分」という無価値観があり、それを穴埋めする「必要とされたい」「受け入れて貰いたい」という思いがあります。
SM(サディズム、マゾヒズム)
SとMは補足関係にあります。主従関係、支配と被支配、加虐と被虐、飼い主とペットの関係です。
主に縛り(緊縛)が有名ですが、その他にもローソク責め、水攻め、鞭で叩く、スパンキング、目隠し、さるぐつわ、首絞めなどから、もっとハードなものまで様々なものがあります。
SMの関係性は幼少期の再演でもあります。一時的に安心感を得る手段として、お互いの同意があれば健全な行為と言えます。
●サディズム(サディスト)
小さい頃、コントロールされる側だった人が、支配することで「言うことを聴いて貰える」「受け入れて貰える」という喜びの他に「こんなに酷いことをしても相手が離れて行かない」という安心感を得ることができるのです。
これは幼少期に「言うことを聞いてもらえなかった」「受け入れて貰えなかった」「放っておかれた」という心の傷の裏返しです。自分の無価値観、無力感を支配するという形でカバーしようとしています。
昔「完全なる飼育」という映画(シリーズ化されている)がありましたが、まさに監禁することで心も身体も繋がりたい、完全に一体化したいという愛着障害からくる欲望のフィクションです。
●マゾヒズム(マゾヒスト)
幼少期に支配や虐待、ネグレクトなどがあった場合、人と繋がるには痛みや苦痛が必要だと思っている(逆転の愛着反応)ために、それなしで人と繋がるのが難しいのです。心理の根底には低い自尊心があり「こんな私はヒドイことをされて仕方ない」「ひどい扱いを受けるのは自分のせいだ」という思い込みがあります。自己破壊願望です。
叩かれたり縛られたりなど、色んな責め苦を受けるのですが、その瞬間だけは「自分を見ていてもらえている」「自分と繋がってくれている」という想いがあり、それは無上の安心感と喜びとなります。痛みや苦しみが性的快楽と結びつくと、苦しみ自体がとても大きな快楽となるのです。その安心感と快楽は精神的な安心感と喜びをもたらします。
ロリコン(ロリータ・コンプレックス)
純粋で無垢なものへの憧れと支配したいという欲望と怒られることへの恐怖です。幼少期にあまり言うことを聞き入れて貰えなかったり、否定されたり、怒られたりという経験が多いと、それを避けようとします。
大人の女性との関りで挫折や幻滅を感じると、より純粋なもの、より自分を傷つけないものへと移行します。
根底には「女性とは関わりたい」が「傷つきたくない」「受け入れて貰いたい」という想いが同時にあり、小さい子供であれば支配できるのではないかという思考に至ります。
その他には、刺激を求める思考もあります。禁断だからこそ貴重であり、それを手に入れることが無上の喜びとなることもあります。
ロリータ・コンプレックスの語源は、1962年の映画「ロリータ」(原作は1955年の同名小説)に由来しています。アメリカで下宿先を探していた学者が、下宿先の娘ロリータと禁断の恋に落ちていくお話です。
YES,ロリータ、NO,タッチ!
レイプ
ただの性欲の暴走というだけではありません。支配することや自分の思い通りにしたいという欲求と性欲が重なったものです。幼少期には完全にコントロールされる側だった人が、コントロールする側に回ることで安心感を得ようとする心の働きです。言うことを聞き入れて貰えなかったり、放って置かれたりした結果、人と繋がるために支配したいと、見捨てられないために支配したい思っています。さらに根底には「無力感」や「力の無さ」「力への憧れや羨望」があります。力のない自分が耐えられず、力を示す方法のひとつとして無理やり人と繋がりたいと空想します。受け入れて貰えないことへの不安から、支配することで「受け入れて貰いたい」という願望を叶えようとします。
レイプされてみたい、という願望もあります。人と繋がりたいが上手く繋がれない。それなら無理やり支配されることであっても繋がりたいという欲求です。
また、再演の場合もあります。「もしかしたら、今度は違う結果になるかも知れない…」という考えがあり、違う結果を望んでいる時にレイプされたいという願望が芽生えることもあります。
どちらも空想だけであれば何の問題もありません。その類のビデオ鑑賞も問題ありません。
カニバリズム
カニバリズムは人を食べるという願望です。「人を食べたい」「一部を所有したい」という欲求は常に実行されるわけではなく、多くの場合は空想だけで満たされます。性的倒錯の一種として現れることもあります。
カニバリズムは食人志向と言うわけではなく、幼少期に深い孤独感や見捨てられ体験、見放され体験をした人が、他者と完全に一体化したいという「融合願望」なのです。幼児期に両親(特に母親)と十分に繋がれなかった時に、相手を取り入れたいという強い願望になります。特に見捨てられ不安が強い人は「相手を失いたくない」→「相手を所有し尽くしたい」という願望が「相手を取り入れたい」「相手を食べたい」という空想になるのです。それは究極の愛と繋がりと言えます。
幼少期に受けた性的虐待や身体的虐待とトラウマにより、性的ファンタジーと支配、暴力が結びつくケースもあります。「痛み」や「恐怖」「肉体の破壊」が安心や性的快楽と結びつくと、性倒錯(パラフィリア)としての行動をしてしまうこともあります。
![]() | 愛着障害のページへ戻る |
Author:水元和也
![]() | 心と人生の変え方 TOP |
![]() | セラピールーム・ソラ TOP |
![]() | 前のページに戻る |





